2021-04/01 将来は急速に迫る

Hiryuブログ

無性に文に触れたくなる時がある。

今日は自分の人生を振り返ったり、反省するために文に触れてみようと思う。

私の人生。その中でも本当の意味での今現在を指し、大きな誤算と、大きな失敗の過程にいると自覚する。プランAでも、プランBでもない。1つだけ言えるのは、20歳にして得た美しい経験と引き換えに、この世の中で簡単に起こりうる悪い流れや、冷たいジレンマを含むつまらない事柄を、目で視て、肌で感じたという事だろう。

私は2000年生まれの20歳。この間まで高校生だったのに気づけば年齢を重ねている。
僕の人生はまだまだ事細かく語るほどの物ではなく、これまでにおいても素敵な人間に囲まれて、大きな不自由も無く健全なルートを辿らせて頂いたと言えると思う。

その人生が大きく動き始めたのは18歳からで、同時に物事を自分自身の意志で決断し始めた時期であった。

当時、大まかに分けて「進路」「リスク」「可能性」の3要素が私を悩ませ、迷走を誘った。四六時中頭を悩ませ苦しんでいたが、同時に悩んでいる状態に喜びも感じていた。自分の意志で未来を選べるという状態は自分の過信を増幅し、自惚れを加速させる。決して悪いものではないが、私はそのように反省する。
そう。私は長い時間自惚れ、私という存在を大きく過信して時間を過ごしてきた。

そのことに気が付けたのが現在、20歳だった。

今回の結論は上記のみで、特段ほかの意味はもたない。それでも興味を惹かれてくれた方は、読んで頂けると私としては純粋に嬉しい。

1香山飛龍、なにがあったの


私にはプロのサイクリストになりたいという夢があった。そのため、夢達成に向けて出来るだけ近く、出来るだけ濃い進路を選択したつもりだった。高校を卒業してヨーロッパへ修行に行くというのは、かなりアグレッシブで珍しい内容だったと思う。

勿論前提として後悔はない。しかし掘り下げた言い方をするならば、反省は大いにしている。

最初の転機はコロナウイルスと身体の故障であった。もしかしたらコロナウイルスが無ければ、故障に繋がるルートを辿らなかったかもしれないので、根本はコロナウイルスの被害と言える割合が大きそうだ。(そう言ったところで意味など無いが。)

私は2020年3月に緊急的に帰国し、そこからホームトレーナー(ローラー)と共に自粛生活を始めた。年齢に焦り、vo2max域のトレーニングを爆発的に行いすぎた。
体幹トレーニングの頻度もかなり増え、いつも通りでない毎日に少なからず焦燥感のようなものを抱えていた。少なくとも無意識のフラストレーションをトレーニングにぶつけるようにして解消していた。
同時に精神的なダメージも増える。当時所属していたチームは分裂の危機(結果的に分裂)状態にあり、チーム幹部含む人間関係の中の「疑い」「憤り」「恨み」といった色をこの目で視る。その中には部外者すらも。混沌としていた。
この時期から悩むことが増え、自問自答・状況分析・話し合いの日々が始まる。その中で原因不明の故障をしているのだから本音たまったものではない。

大きな部分は割愛する(今回はせざるを得ない)がU23カテゴリー2年目で思いもしない、想像すらしない経験を重ねた。2020年後半は精神を病み、ベッドから出られない日もあれば、自転車にまたがるのがとても億劫になった。自己管理能力が落ち、判断が鈍り、時間を守る事も難しくなった。
あえてサラッと書くが、私は結論的にチームを脱退。恩になった部分はたくさんあるので、vc corbasの方々への感謝の気持ちはここに記しておきたい。私は高校卒業時、フランスで走る為に大学進学の誘いをお断りしているので、今回の新しい形に継続しない(=corbasで走れない)事に関して並大抵の覚悟ではない事も記す。

病んでいた時期はほぼ引退前提で、世の中の事・職の事・自分の夢と現実の見極めなどにほとんどの時間を使い、2021の1月にやっと動き始めた。動き始める事ができた。
「一貫して鍛錬してきた事」を終わりにするにはまだ早く、今ではないという声に背中を押され、当時は無意味だと感じながらもサイクリストを続ける事に。
幸いにも弱虫ペダルサイクリングチームに移籍が叶い、少なくとも今シーズンはサイクリストとしての駒を進める事になった。

これはあくまで2021年に入ってからの話。過ぎて間もない、生の記憶だ。
私は常に悩んでいるし、常にスッキリもしている。矛盾するようだが、広い視野で未来を見据え、刺激をくれる良い仲間にも恵まれた。たくさんの人に応援され、お世話になっている。そう考えると、私自身の自問自答でモヤモヤと意識を曇らせるのはあまりに勿体ない。
考える中で、私が関わる価値のある人間になる為にも、進むという事にはクリアで、スッキリしている、というスタンスは一定以上守らねばならない。それがそういった方々への最大限の配慮だ。
香山飛龍は将来何をしているかなんて、正直見当もつかない。しかし、今やれる事はやるし、メリハリもけじめもつけて、鍛錬してみる事が今一番大事なんだという事は確信している。簡単な事を難しく捉えず、難しい事を自分なりに簡単(シンプル)にしていく。そんな気持ちで日々を過ごしてみようと思う。

2将来が来る


そうは言っても、現実的に「将来」は近づいてきている。中学生時代、高校生時代、フランス修業時代、ずっと語っていた「将来」。それは予想よりも早い速度で自分に向かっている。

同期には手に職をつけ、収入を得る者もいれば、大学で学業と経験吸収に励む者もいる。客観的に見れば、私は明らかにそれらよりピンチと言える状況に置かれている。

勿論、私は22歳終了までになにか一つの形を作れていれば上出来だと考えている。プロロードレーサーになるという夢に再出発するとしても、そこは大きく動かないだろう。しかし近代的な流れを見れば、22歳~23歳の段階でUCIプロチーム以上への移籍を叶えるというのは難しいと言わざるを得ない。挑戦は遠回りしつつも長期的になる事は想像がつく。

何かになったり、何かを成し遂げるには必ずと言っていいほど継続的な努力が必要だと思う。何かに努力して満足して終えたとしても、その過程で得られる経験や知識・感覚が、思いもよらない形で結果を作る事もあるだろうし、次の挑戦を助ける力になる事もあるだろう。
しかし今の努力が将来(未来)を保証する事も、経験が形になる事が決まっている訳でもない。それは全人類そうであると思うし、何に向かって努力していても、叶う確率に差が有れど同じことだと認識する必要がある。「逃げ道」は存在するわけもなく、「より美しい道」は自分で生み出さなければならない。

話に具体性がないが
人生の方向性を変えたり、現時点での人生の基盤になっている何かに終止符を打ったり、新しく始める事に関する判断・決断には、大きな労力と実力、運を必要とするのではないか。という気づきだ。当たり前と言えば当たり前だが、これが実体験として身体と脳に染みるのを感じる。
それらを経験して、越えて、待っている将来はもう目の前に迫っている。

3気づき

ここからの道のりは、20歳を超えて30歳に向けて方向性が定まってく為の重要なものになると思う。
20年生きてきた中で、たった7年間自転車を続けてきた中で、確かな気づきがある。
それはとても多く、広いシチュエーションの中の一部にに限定される気づきも含まれるが、一番は「努力を続ける事」。

まさか自分が体験するとは思わなかったが、直感的に「やめたい」「苦しい」時が来る。そのとき折れるのは簡単で、続けるのは難しい。
その挫折状態に陥る時は必ず原因があるわけで、それらと自分のメンタリティー、環境などがミスマッチすれば真に終わりを迎えてしまうという事もあるのだろう。

敢えてここらで気づきの結論を書くが、
それは「自分を可哀想と思ったり、誰かより恵まれていないと思ったり、強い嫉妬心を感じたり、不幸・不運だと思いこんで、ネガティブに酔う事は、殆ど価値を造る事は無い」という事。

どんな現実や実状を目の前にしても成人したのだから、自分に責任を置いて改善していく。自分のメンタルと体力を把握してコントロールする。たまには無理もするけど、あくまで幸せを優先する。
おかしいと思ったら見て見ぬふりをしない。十人十色の正義があるから、世の中に分かり得ない人間は存在する。でも角を立てる必要もない。
感謝はしっかりする。その中でも心から感謝を感じた時には直感に従って恩返しをする。感謝は無理にするものではない。
自分を根本的に(口で何と言われようが)舐めている人間は判断する。年に差があっても失礼を見抜く。
その中で私だけが中心にならないように、配慮の塩梅を考え、周りと協力する。私も最大限失礼が無いように配慮する。

そんな簡単とも複雑とも言える気づき、経験が、実際に私の心身に入ってきた。裏を返せば、自転車ロードレースに努力を注ぎ続け、レースに関係ない部分として間接的に得た経験値と言えるだろう。
これらをどう生かすかは明日以降の私次第だ。その結果として私が何になっているかはまだわからないが、進む人生を送りたい。

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