2019-02/01 高校生の考え方② 部活というカタチ

Hiryuブログ

高校生の考え方①を読んで頂きありがとうございました。思っていた以上に反響(反応)があり、ありがたい限りです。今回はずっと書こうと思っていた「日本の部活というシステム」について書いてみます。


何故部活について書くのか。僕自身中学、高校と部活動を経験しましたが、システムとして良くない点がたくさんあったからです。現にフランスに行くに当たって「環境が良くなる」と僕は口癖のように言ってしまいますが、それって裏を返せばプロを目指すにおいて部活動というシステムの環境が良くなかったという事を指します。僕はもう部活のある生活を終えますが、経験した身として情報を発信し次に繋げる必要があると思いました。

今回は部活動においての自分の経験、弟の経験、自分の考えを交えてまとめていこうと思います。勿論自分の「今」の考察をまとめたもので理想すぎる点もあると思います。しかし最低ラインを引き上げ、改善していかなければならないという事は今後日本のプロ選手を育成していくという意味では必須と言えると思います。

実際にクラブチームや部活動に参加してみて

僕は元々運動を全くせずゲームに明け暮れる日々を送っていました。運動(スポーツ)に苦手意識はなかったのですが、目に見えて上手くなっていくゲームが大好きでした。とにかくやればやるほど上達するし、アイテムという形で努力(?)が残るのが楽しかったんだと思います。


割愛しますがゲーム廃人生活の転機は小学校6年生のときで、友達から学校のサッカーのクラブチームに入って一緒にサッカーをしようという誘いでした。僕の友達の多くはそのチームでサッカーをしていて、面白そうだと思いサッカーを始めました。
勿論僕は初心者だったし、6年生という事で小学生のクラブチームとして完成されたチームに加入だったので今思えば色々と苦労しました。しかしこのクラブチームのシステムは部活に比べて素晴らしく、画期的だったように感じます。


コーチは僕たちの親です。小学生の選手育成から専門知識を必要とするケースは殆ど無いと思うので問題はないと思います。コーチは選手にサッカーノート(反省ノート)を作らせ、反省する機会を作ってくれていました。当時僕たちは小学生だったので反省なんて深くは出来ず放置していましたが、今は狙いがくみ取れ、高校に入る前からロードレースの反省ノートを付けるようになっていたので効果はあったと思います。

中学はそのままの流れで美術部と悩んだ末サッカー部に所属し、部活動と並行して個人的に自転車に乗っていました。サッカーに関しては無知の極みで、選手も知らなければテクニックにもさして興味がありませんでした。今思えば本気で強くなりたいと思って取り組んでいたチームメイトに申し訳なかったです。まさに前回の記事で書いた、練習の意図を考えるという事にすら到達していない言いなり選手でした。

先輩はチンピラみたいなのもいて嫌な思いもしましたが、僕は幸いな事に同級生に恵まれました。しかし部活動というシステムが故に学校でのいざこざを部活に引っ張ったりするケースもあり、練習も今思えば疑問点が多くあります。(炎天下でも練習時間が変わらない、罰としての走りetc…)

高校ではご存じの通り自転車部に所属しました。横浜高校自転車競技部はかなり特殊なシステムで、コーチは存在せず顧問の広川先生は事務/サポートに回ってくれていました。メニューは選手が個々で考え、練習に強制は存在しません。選手の体調・狙うレースも違うので当たり前です。活動の支え・バックアップには全面的に後援会・選手の親御さんによるものです。つまり「何もないけど、何でもできる」システムなのです。

努力した選手が恩恵を受けやすい仕組みとも言えます。これは自分が部活について考えるきっかけになっていて、選手全員が同じメニューを受けて休めない一般的な部活に比べて何倍も効率が良いといえます。考えなきゃ始まらないというスタート地点が成長に最適でした。

僕はこんな感じの部活動人生を歩んできました。見ての通り僕が所属してきた部活の環境は決して悪くなかったと言えます。しかし本末転倒で終わる訳にはいきません。たまたま僕が普通ではないシステムの部活を経験したに過ぎないからです。中学も同級生に恵まれただけでシステムには問題がありました。

また、自分はこういう形でしたが見ている範囲でも劣悪な環境の部活は目に入っています。僕が少し違う経験が出来たからこそ情報を発信していく意味が生まれると思います。

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横浜高校自転車競技部は特殊なシステムと言える】

弟の経験

 僕の部活生活は悪いものでは無かったと言えます。では何故文句があるのでしょうか。それは詳しく話を聞けた弟の経験が大きいです。
弟はテニス部に所属していましたが劣悪な環境が原因でやめました。というより話を聞いていた僕がやめるという選択肢を勧めました。


彼の話曰く、朝練は一秒でも遅れたら罰として走らされ、グラウンド整備にも遅れたら罰を与えられるというものでした。個人的にはもうこの時点で意味がわからないです。走るってことは意図をもって行うトレーニングであり、罰ではありません。そもそも一分、一秒遅れたら罰というのが馬鹿馬鹿しいです。

理由が電車の遅延であろうと許されることはなかったようです。トレーニングを罰として使うとトレーニングに対してネガティブな印象を与えます。意図が不透明で理不尽に罰を与えてポジティブな改善が見られると思っているのでしょうか。


また先輩との関係も大きな弊害になっていたようです。学校での先輩後輩の関係には違和感を感じませんが、スポーツとなれば話は別です。同じ選手どうしに上下関係があり、好きなようにパシリにされたり、理不尽な事を言われる。これは大きな違和感を感じないとまずい点です。

選手は同じ選手であり、そこに大きな上下関係はありません。部活動は学校依存のため、基本的に学年の概念がそのまま残ります。そのため上下関係が生まれ後輩と呼ばれる存在を傷つけるケースが多くなっているように感じます。弟の場合はまさにこのケースで部活を嫌いになっていました。


弟はテニスが好きでした。でもテニス以外の外的要因で競技をやめました。別に弟を過度にかばう気はありませんが、純粋に可哀そうです。違和感を感じます。
学校側に先輩後輩関係(後輩組が先輩組に一方的な嫌な事をされる)、グラウンド整備に遅延で遅れて罰をやらされたことなど本人なりに改善を申し出たようですが、まともには取り合ってもらえなかったようです。部活が学校依存な以上、学校が動かないのならばシステムとして成り立っていないということです。


勿論良い先輩後輩関係を築いて、いい思い出・経験として残っているという方も多いでしょう。しかし一定数こういったネガティブな現状がある以上システムとしての欠陥があるといっても過言ではないと思います。

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【まさにこんな感じ?少なくともこういう雰囲気、ありますよね。】

プロ選手育成と部活の関係

プロ選手と部活動という関係は間違いなくヨーロッパのクラブチームに比べて後進的と言えます。勿論部活動には先輩後輩で切磋琢磨していく、一つの目標に向かって結束し努力していくと言った学校依存の教育的な部分が特徴としてあります。

これに関してはひとつのメリットであり、「楽しい」という感情・イメージはここから来ているように感じます。実際学校でも「○○部の○○君」というようにステータスとまではいきませんが、アイデンティティを構成する一部になっている事は間違いありません。これが学校外のクラブチーム所属選手となると「○○やってる人だっけ?」となりがちなのが現状の日本です。

非常に細かい事で誤差ともいえるものですが、やはりこういった点から「本気でやるなら部活動としてやりたい」「部活動のほうが認められる」という感情を日本人は抱きやすいと思います。実際僕も本気でやりたいという理由で自転車競技部がある横浜高校に入学しています。また部活動はクラブチームに比べて公欠を取りやすいという事実があります。これも問題の一つだと考えています。


少し話が逸れましたが、以上の流れで大半の選手は部活動としてスポーツに取り組む道に進みます。そしてプロの育成に主眼を置かない「インターハイ」を目指す狭いといえる世界に入っていく訳です。


勿論野球、サッカーと言ったメジャースポーツは自転車に比べプロを意識した(活躍すればプロへの道が開けてくる)システムが出来ているのも事実です。しかしサッカーに本気で取り組むために強豪校に進学した友達がいますが、聞いてみると内情は酷いものでした。学校依存が原因と言える顧問の異常な権利(逆らえない)、まともではない練習メニュー(本当にその競技の専門知識がある顧問なのか疑問)、スポーツというよりブラック企業のような雰囲気。聞く限りまともではない、プロの育成とかそういう概念はどこかに行ってしまっていました。


海外のクラブチームは対照的にプロを目指した形式を取っているチームばかりです。僕は海外の知識はまだ乏しく視野が狭いですが、スポンサーを抱えプロを目指して活動しているチームをたくさん知っています。

ヨーロッパの友達はそういうチームに所属して、その国のプロチームのdevelopmentチームであったり、プロチームにステップアップしています。見ている限り学校は同じ地域という事以上に関与していなく、別々に機能しています(半分推測で申し訳ないです)。スポーツはスポーツ、勉強は勉強。当たり前な形です。


学校とスポーツを統合して部活にした結果、学校の成績が悪いからスタメン外すとか、人間関係でゴタゴタをスポーツに持ち込んだり(高校は人間関係が難しい時期な為)、そもそも指導者が先生。単純に効率悪くないですか?僕はそう感じます。

 自分が思う改善案

高校生の目から見ても改善方法はたくさんあります。まず学校の先生(素人)がスポーツを指導するという構造がとてもマズいです。冷静に考えてお互いにメリットがありません。スポーツに取り組むに当たって、その道の素人と言える学校の先生の指示に従わなければならないのは何故でしょうか。

本来望む形であればその道に精通したコーチ・トレーナーが必要になります。それは数学の先生から数学を学ぶようにあたりまえな事にしていかなければならないと思います。数学の先生から音楽や美術は学びませんよね。それなのに部活という形になった途端にその基本概念は無かったものになります。


また半強制的に部活に所属しなければならないというのも非常に問題です。僕の中学校では所属が強制でした。中学卒業時部活を3年間やっていれば成績表に書くことが出来ました。「3年間頑張りました。」と。じゃあ部活をやめた帰宅部は頑張ってなかったの?という話になります。


そしてそんなシステムにすれば当たり前ですがレベルの差が生まれます。本気でプロになりたい選手と中学時代の僕のように中途半端な気持ちの人間が混在する形になります。一言でありえないです。この点は自主的に加入していくクラブチーム形式なら改善が見られます。

部活動の構造は先生側にも負担になります。貴重な時間である土日の時間を使って給料が発生しない遠征を引率する、試合を組む、練習を指導する。先生自身大きな負担になっています。


この項目の冒頭でも書いたようにお互いにメリットがありません。部活動という形を存続させるなら当たり前のようにコーチ・トレーナーの導入が必要だと考えます。彼らなら適正な怪我の対処や、的確なアドバイスが可能です。現在スポーツ医学の学部が増えていますし、体育学部も含め新しい就職先に部活コーチを組み込んで良いくらいでしょう。

お金は国が発生させれば良いのです。
それが不可能なら部活動というシステムは廃止してクラブチームをメインに移行し始めるべきだと思います。

スポーツは教育として良い効果もあります。自分は少なくともそれを実感できています。しかし学校の上下関係や、先生と生徒という関係をスポーツにも持ち込むのは本来あってはならないものです。例えばミーティング一つにしても「失礼します」に始まり「ありがとうございました」に終わる。日本人は違和感を感じないはずです。

しかし本来コーチと選手は上下関係ではありません。密接に情報交換し改善とステップアップを繰り返していく関係です。競技に取り組む側と・取り組みを活性化させる・アシストする側でしかないのです。それなのに部活動では当たり前のように先生・生徒の立場のまま「指導」が入ります。ミーティングも先生が喋るだけです。ミーティングの意味わかってるのでしょうか。スポーツにおけるミーティングは立場を対等に近づけ意見を交換すものです。レベルアップにはそういった細かい点を改善していく必要があると思います。

クラブチーム形式なら学校とは関係がないので以上の細かい問題が解決します。競技のクオリティも向上し、そのレベルで取り組みたい選手が自然に、自主的に集まってきます。正直部活動にくらべてメリットしかない構造だと思います。

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【コーチと選手】

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【部活 ニュースで調べるとご覧の通り。根本的に問題があると言える】

最後に


僕はフランスに行きますが、余裕が出てきたらそういったシステム面も勉強してみたいものです。今回は自分の知識というより何となく考えてたことを文にしてみました。環境が変わり海外を自分の身で経験する前に「今までのシステムはどうだったか?」という整理整頓みたいな感じです。


部活によって良い仲間と出会えたり、最高の思い出がある方が大勢いることは承知しています。ただ改善したらもっと良くなるんじゃないかなぁ。と思ったのです。これからも視野を広げて物事を見ていけたらと思います。
前回の記事に続き駄文だという自覚はあるのですが、まとめて文にするのが予想以上に難しくやってみた価値はあったと思います。

読んで頂きありがとうございました。

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